今日から数回、プレイセラピーを通して見えてくる離婚の子どもへの影響を考えてみたいと思います。
今日は、A君(10歳)とのプレイセラピーを見てみたいと思います。
A君の両親が別れたのはA君が5歳の時でした。夫婦間の葛藤に疲れ果てた末に父親が突然家を出ていってしまったのです。その後、父親が望まないため、A君は父親と会うことはありませんでした。しかし同居中のA君は父親っ子で、後に分かるのですが、たくさんの良い思い出がありました。
A君が初めて頭痛と腹痛、吐き気を主訴に母親に連れられて私の元に来談したのは10歳の時でした。両親が別居してから5年も経過していましたが、まだ離婚は成立していませんでした。
初対面のA君は深い抑うつ状態にあることが見て取れました。A君はプレイルームに入った後、おもちゃを手にしながら、「僕、本当は全然遊ばないよ・・・・」とボソッと言いました。〈どうしてかな?〉と問いかけると、「だって遊んだって、ただ疲れるだけだ・・・ボーッとしているのが一番だ・・・」と応えました。A君が深い抑うつ状態にあることがこの言葉からも伝わってきます。
その後に箱庭に興味を示し、作り始めました。まず箱庭全体に小砂利を敷き詰め、そこに水をたっぷり入れ、貝殻を4個置いてから、ワニを2匹沈ませ、その後にカバを1匹、アフリカ・ゾウを1匹置きながら、「むなしいな・・・・」とほとんど聞き取れないほど小声でつぶやきました。やがてワニが浮き出し、カバもアフリカ・ゾウも水中に転倒し、津波によって押し流された後のような悲惨な光景に一変します。最後に、浮いていたワニをつかんでアフリカ・ゾウの鼻にかみつかせてから、A君はすっと退出しました。
箱庭に直接水を入れることは普通はなかなか条件(プレイルームの中に水道があること、次の時間帯にプレイ・ルームを使わないこと、濡れた砂を入れ替える予備の砂があることなど)が揃わないので起こりえないのですが、このケースではそうした条件がすべて揃っていたために私は水を入れることを許しています。このプレイルームは大学のプレイルームでしたが、大きな砂場もあったため、A君は砂場の砂を篩いにかけて小砂利も作り箱庭に敷き詰めたのです。このようなことも普通は起こりえません。
こうした好条件が揃ったためにまさに津波によって突然押し流されたかのような「悲惨な世界」が目の前に表現されえたのでした。こうした世界を目撃した私は、これはまさに突然にして「両親揃った家庭」を失ってしまったA君の嘆き、悲しみとともに怒りそして無力感が箱庭の世界に象徴的に表現されたものであると思いました。またA君はこうした嘆き・悲しみ・怒りそして無力感とともに、砂や水の感触をじっと味わいつつ「なつかしい・・・・」「気持いい・・・・」とつぶやいていました。母親面接からは、離婚前にはよく家族揃って週末にキャンプに行っていたと聞いています。A君の失ってしまった世界への深いノスタルジーと悲しみの気持が伝わってきました。
親の離婚を経験した子どもに共通している感情は、「悲しみ」と「怒り」であると言われていますが、私は加えて「無力感」であると思っています。
このやり場のない「悲しみ」と「怒り」「無力感」を表出し、受けとめてもらえた子どもは親の離婚で受けた傷を克服していくことができるのです。離婚の渦中にある親が子どもの心を受けとめ、抱えていくことは至難の技です。そうした時には第三者の助けを得ることが子どもにとっては大きな救いになります。A君の場合には、母親がそのSOSを受け取り、第三者の助けを求めて行動するまでに5年もの長い時間がかかってしまいました。