民法766条が改正されたが・・・(2)

民法766条が改正され、協議離婚をする際に、面会交流と養育費の取り決めについて両親間で話しあうようにと明記されたことは一歩前進ですが、離婚届けに取り決めをしたかどうかをチェックすることが求められるだけで、していなくても離婚届けは受理されるのが今回の法改正です。

面会交流が子どもの福祉に適うとの意識がまだ人々の中にしっかり根付いていないので経過措置的にというのがその理由であろうと思います。

確かにまだまだ面会交流が子どもの福祉に適うかどうか、かつどのぐらいの頻度で会うことが子どもの福祉に適うのか、また泊まりがけにするのかどうか、長期の休みにはどうするのかに関しては大人の間では全くコンセンサスが得られておらず、対立の原因にもなっているのが現状です。

面会交流が始められた場合でも、同居親は面会交流を制限する方向に持っていきたいとの思いを通奏低音のようにずっと持ち続けていることが多いように思います。

しかし親の離婚を経験している子どもと面接すると、子どもは自分が理由もなく虐待されていたというようなことがないかぎり、「パパが好き、ママが好き」との気持ちを抱いていることは確かです。

しかし両親の対立・葛藤の狭間に立たされた子どもは伸び伸びとその思いを表明することができず、臆病になっていることが痛いほど伝わってきます。

激しい怒りの感情を持つ親の前では、大人のセラピストである私ですら子どもの思いを代弁してぶつけることにためらいを感じる気持ちが動くわけですから、ましてや依存しなければ生きていけない子どもが容易に自分の思いを押し殺し、親の思いを自分の思いとして生きてしまうだろうことは想像できます。

月一回の面会交流をしている子どもたちの気持ちは、「次に会えるまで100年も待った・・・」「会えない1ヶ月がどんなに長いことか・・・」「たまにしか会えないから遠慮しちゃう・・・」「たまに会って食事するだけ・・・だから深い話はできない・・・」といった言葉に表現されています。

子どもの視点に立ち代弁してきた私の結論は、「原則、面会交流を!」そして「もっと頻度多く、実のある面会交流を!」「最低隔週末2泊3日を!」「長期休暇にはまとめて面会交流を!」というものに至らざるをえません。これが声なき子どもの声だからです。